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たけしの恩返し | 人生で大切なことはテニスから学んだ

たけしの恩返し

02.072015

この記事は2分で読めます

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いつもお読みいただき、ありがとうございます。

ゆっきーです。

 

ビートたけしを語るに欠かせない土地、浅草。

 

彼の映画で1番ヒットしたのは「座頭市」。

 

でもでも、実は、もともと彼は、

座頭市をやりたくなかったのです。

 

「俺が勝新太郎に勝てるわけがない。

だから嫌だよ。」

 

そう思っていたそうです。

 

しかし、
ある人の頼みとあっては
断るわけにはいかなかったのです。。

 

たけしが断れなかった理由

 

その人は浅草のストリップの殿堂・
ロック座オーナー、斎藤智恵子さん。

 

不動産業界、芸人の間では
知らない人はいない、
みんながママと呼ぶ77歳のおばあちゃんです。

 

彼女は、勝新太郎の莫大な借金を肩代わりするなど、

勝新太郎を応援し支え続けた来た人でもあった。

 

そして勝が亡くなったあとも

座頭市を世界に!

 

という、勝の夢を
いつか叶えたいと思い続けていたそうです。

 

勝の夢は、いつしかママの夢になっていたんですね。

 

そして浅草という街が2人をつないでいきます。

 

ママは言います。

 

「たけしさんと出会い、彼の映画や活動を見て、
是非たけしさんに撮って欲しいと思ったんです。

たけしさんは浅草を愛してくれています。

 

私も浅草が第二の故郷ですから、
ご縁があると思ったんです」

 

こう言われたたけしは、

 

「座頭市は勝さんのものなんだから俺は嫌だったけれど、
ママにそう頼まれたら
断るわけにはいかないから」

 

と、出演を承諾するのです。

 

勝の夢、ママの夢を叶えるために、立ち上がります。

 

ママは嬉しそうに語ります。

 

「映画ができたらねぇ、ママ、
二人でヨーロッパに行きましょう
とたけしさんが誘ってくれているのよ」

 

ラストシーンに込められた思い

 

そして、出来上がった映画は世界中で大喝采を浴び

大きな賞をいくつもとり座頭市は

世界中に知れ渡ることになりました。

 

映画のラストシーンは
出演者総出の、タップダンス!

 

彼は、撮影が始まる半年以上前から
ラストシーンのタップの練習をしていたそうです。

 

最後は、最初から決めていた。

自分を育ててくれた深見師匠、たくさんの人達
浅草という街への想いそれつまったラストシーンは

名シーンとして世界中の人達を魅了しました。

 

たけしが取った奇妙な行動

 

彼は育ちは足立区だけど、生まれた場所は浅草です。

 

そして、教育熱心な親に反発しながら
大学を途中でやめ、

芸人を目指してむかった場所が浅草でした。

 

そこで、たくさんの人達に出逢い助けられ、育ってきました。

 

ある日のことたけしは弟子を連れて浅草を歩きながら
いろんな人にお金を渡して歩いていくのです。

 

浅草で店の人だけでなく、お客やその辺を歩く酔っ払いや
お姉ちゃんにもお金をバラまくので、

 

弟子のひとりが
「殿、さすがにこれ、
お金使い過ぎじゃないですか」

 

と聴いたところ、

 

「オレはよ、浅草に育ててもらったから浅草に返してんだよ」

 

と言ったそうです。

 

…この話から、あなたは何を受け取ったでしょうか??

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